同一最初今度チャレンジ、思い出深い雑音があると思います。ぼくはそれが始まる以前の受験ヒューマンだ。五教科でなく四カリキュラムで数学無しというカレッジもありました。昭和五十七年代だ。ぼくは懸命に受験カリキュラムに数学の無いカレッジを見つけ出しました。あったのです。迷わずそこを受験しました。ぼくは数学が苦手でした。元々ではありません。中学の二クラスから数学が苦手になりました。がんらい理系のタイプではないのでしょう。それでも、私の数学への情熱を奪ったかもしれない訝しい現象があるのです。イメージかもしれませんしそうではないかもしれません。その現象はこうです。ぼくは定期試行でそれまでの状況数字の五分の最初も数字を取れなかったことがありました。直ちに数学のドクターに呼ばれ、一対一の折衝となりました。正確には折衝で無くお説教だ。長い長いお説教でした。一部ぐらいは「ちゃんならやれる」とか入れてほしいというほど、ねちねちといったコメントは続きました。客間を出た時折全然頭の中にはお話は残っていなくて、思い切りあれだけ長くねちねちって話せるものだという気分だけでした。決断の出るコメントなら終わった後に、何か心にわきあがるものが一部や2つあってよさそうですが、何もありませんでした。情愛も感じませんでした。こういうドクターの時給たっぷりの笑みも薄いコメントは、ぼくにまるっきり先々に陥るものをもたらしませんでした。その日から数学と聞くと不快想いが心にわいて現れるようになった気がします。近年思えば、やはり頑張らせたいという心地もあったのかもしれませんが、ぼくが感じ取ったのは、何故我々の教示にちゃんは応えないのか、その印象だったのです。思春期をなめてはいけないと思います。とにかく感度が素晴らしい季節なのですから。ひょっとしたらこの日から数学概要は言わないものの「数学若しくは数学のドクター」を拒否してしまったのかもしれません。